正しさの強度を高める

自分では正しいと確信してとった行動で、今でもその正しさを信じているけど、それを否定する2人以上の人に囲まれてしまうと、本当に正しいのかが疑わしく思えてくる。

これはすごいストレスで、そういう状況になると、必死に自分の正しさの根拠を考えてみたり、脳内で相手の考えていそうな意見を論破したり、不毛なことで消耗し続けてしまう。

そんな時に思い出したいのが、このバス床信仰の話
信じる - 名言と愚行に関するウィキ

かい摘むと、当たり前すぎることに関して、人は「疑う」ということすらしないという話。今まさに乗っているバスの床が突然抜けるということは、なくはないけど、可能性としてあまりにも低いので意識にすら浮かばない。つまり逆に言えば、簡単に疑いが生じるなら、「確信」というには強度が足りていない。


「このバスはもしかしたら床が抜けるかもしれない!」
そんな人達がいた所で、は?そんなわけないやろと疑いなく言える余裕と論理の強度を高めないといけないな、という話。